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第7回目:現代美術アーテイスト:西野正将さん

 OBインタビューバトン[シリーズ:芸短OBに聞く] 第8回目は、第10回大阪国際音楽コンクールで入賞を果たされた浅井雅子さんです。
浅井さんは当大学音楽科器楽クラリネット専攻。専攻科、副手と進まれた後故郷の福岡県に戻られ、教室で生徒さんを教えながら音楽に取り組み続けていらっしゃいました。
この度、大阪国際音楽コンクールという大きな大会で入賞を果たされ、そのご報告を頂いたのを機にインタビューをさせて頂きました。

 芸短を出ると学生時代とは違い社会の真っ只中に投げ出され、生きていく訳ですが、若い時に抱いた情熱を保ち続け、自分と戦いながら初心を貫くというのはナカナカ出来るようで出来ない事だと思います。
自分の信念を曲げず、真っ直ぐにナチュラルに音楽に取り組まれる姿勢は清々しく、またこの姿勢こそ浅井さんの天与の才の一端なのだなという気が致しました。



浅井さんへの8つの質問
Q1 その楽器(クラリネット)への思い入れは?
浅井

始めたきっかけは小学生のころ父に連れられて日本フィルのコンサートを聴きに行きました。
楽しそうに見えて、私もこんな仕事がしたいと父に話しました。父の反応はイマイチでした。
それから小学校が創立88年を迎えた式典の時、地元の市民バンドの方が演奏に来ました。
やっぱりこんな事がしたいと、友達に話すと、中学校にあるよと教えてくれました。
中学校に入学すると迷わずブラスバンドに入りました。
クラリネットは、一番前の列でメロディーを演奏していました、そして、コンパクトにケースに収納できて持ち運びが便利で、どこでも演奏できていいなぁと思い、クラリネットを選びました。 それからずっとクラリネットです。

私は上手な方ではなかったと思います。
中学、高校でのブラスバンド部は吹奏楽コンクールで賞をとった事はありませんし。。。。
ブラスバンド部で燃え尽きるという事は無く、楽しいなぁと言う気持ちが続きました。 芸短に入って、大分県立劇場でウィーンフィルの木管五重奏の演奏会を聞き、首席クラリネット奏者の素晴らしい音色に魅せられて「クラリネットやってて良かった」と改めてクラリネットの魅力に感動しました。如何したら綺麗な音色になるのだろう。。。と思い練習していました。
Q2

学生の頃の思いでは何かありますか?

浅井

高校を出て1年半は就職をしていましたので、その間個人レッスンを受けていました。
先生に進学をしたいと相談しましたら「何の為に音大に行きたいのか」と聞かれました。
「音大卒と言う肩書きがほしいのなら行くな」と言うことでした。 私は何の為に音大に行きたいのか考えました。
先生のようになりたい、そして音楽の事を勉強したいと言う事しか考えられませんでした。それから受験に向けてのレッスンでした。入学したときは音楽活動を始める第一歩を歩き始めた感じがして嬉しかったです。

1年生の時は、マウスピース、リード、リガチャー(専門的な話ですみません)を探す、音作りが始まりました。この時に沢山買い物をしましたが、今ではいい財産になっています。 その時一からやり直しと言った感じで途方にくれました。
だけど、いろいろ試行錯誤した事は自分の為になったと思います。

Q3 その後、専攻科に進まれた訳ですが、専攻科生の頃の思いでは?
浅井

短大1年生の頃から専攻科に進学したいと思っていましたので、合格して嬉しかったです。
クラリネット五重奏曲を勉強したり、九重等へ専攻科の皆と演奏旅行に行った事をよく覚えています。楽しかったです。
修了演奏会出演も初めての晴れ舞台で思い出深いです。

Q4 その後副手を経て今まで音楽を離れず続けて来られた訳ですが、何か胸に秘めた思いのようなものは有りますか?
浅井 学生生活が終わると、試験の為に曲を仕上げると言う事は無くなり、気がつくと何もしないという事になりがちです。
音楽活動をずっとやって行きたいと思っていたので、卒業後何も勉強をする事が無いとは思っていませんでした。
自分の中で、新たな目標を作り練習すると言う事は大切な事だと思いました。
中学のブラスバンド部の友達で、他界した友達がいます。彼女の分までやっていこうと思いました。
福岡に帰った時にプライベートレッスンを受けに行けるようにと、新たにエチュードや曲を練習していました。
Q5

武蔵野音楽大学インターナショナル・サマースクール・イン・トウキョウを受講しようと思われたきっかけはありますか?

浅井

夏は色々なサマースクールがあるからそう言う所を受けてみるのも良いと思うと、音楽科の先生から聞きました。
武蔵野音楽大学インターナショナル・サマー・スクール・イン・トウキョウの先生はヨーロッパからの客員教授でした。
東京でレッスンが受けられるなんて!!と思いテープ審査があったのでデモテープを送り、レッスンを受けました。

Q6

大阪国際音楽コンクール前にしたこと、又はその後の考えや生活の違いなどございますか?

浅井

大阪国際音楽コンクールは、予選、地区本選、ファイナル、と全て違う作曲家の曲でした。地区本選の場所の関係でコンクールの期間だけで5ヶ月はあったと思います。その間、音楽のためにとにかく練習しました。
日にちが近づいて来ると、知らない土地へ行く事が楽しみになってきたり(ちょっと旅行気分ですね)。
ホールでの演奏でしたので、それが楽しみでした。

その後は、入選した人たちがさらにステップアップしていたり、素晴らしい芸術活動をされている事を知り、刺激や励みになり頑張っています。
Q7

ここまで浅井様の原動力となったものは何なのでしょうか?

浅井

音楽教室で講師をしていますが、生徒さんたちの為に勉強していきたいと言う気持ちだと思います。
コンクールはとてもいい勉強になりました。

今は誰にも師事していませんが、 自分を信じて踏み出しつつあります。
そして、機会があれば研鑽できるようにと、いろいろ考えています。
さらにステップアップ出来、聞く人が幸せになれるような演奏をしていきたいです。

Q8

後輩や先生、又は学校へメッセージや要望が有れば是非お願いします。

浅井

私は福岡県太宰府市に帰ってから、芸短の卒業生に会う事が無く、東京の音大を出られた方々のパワーにおされ気味でした。
世間も他校出身の方も、芸短卒の私がどれだけの演奏をするのかそれだけを見ます、それは非常に厳しいですが、自分の為になってきました。

悔しいと思う事は良い事だと思います。沢山練習して先生に分からない事をどんどん聞いて、自分のアイディアを聞いてもらうことは大切です。
1分1秒を大切にして自分と向き合ってしっかり課題を乗り越えていく事。
遅咲きの人もいます、だからすぐに結果が出なくても諦めずにひたすらに自分の信じる事をやる事だと思います。

家族や、周りの方には感謝です。
孤独に思えても応援してくれています。芸術は一代で成すというより、二代、三代と言う時間も関係しているように思います。
だから自分の子どもや、孫の代のことを思うと、とても素晴らしい事が出来ているわけですから幸せなことです。

目標をもってとにかく練習する事です、すると天からいろんなアイディアや発見のプレゼントがあります。
留学はしっかりした目標が大切です、どんなに上手な人でも海外生活が、合わない場合があるので留学にこだわる事はないと思います。
どんなに凄い人も常に勉強しています。そして常に自分に挑戦しています。
沢山頑張って本番で楽しんで下さい、それが聞く人の感動になります。今は、専攻科に進めば4年大学の資格が取れます。
これはとても羨ましい事です、どうか大切に頑張ってください。
私もまだまだ頑張ります。

皆さんのご活躍と、大分県立芸術文化短期大学の益々のご発展をお祈りしております。

大阪国際音楽コンクールサイト  http://osakaimc.com/


浅井 雅子(あさい まさこ)

西野正将さん近影

平成6年大分県立芸術文化短期大学卒
 
専攻科修了
 
音楽科副手
 
武蔵野音楽大学インターナショナル・サマースクール・イン・トウキョウで
 
カールマンベルケシュ氏のレッスンを受ける。
 
第10回大阪国際音楽コンクール入選
 
水崎徹、高橋郁子、タラス・デムチシンの各氏に師事

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