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OBインタビューバトン[シリーズ:芸短OBに聞く] 第8回目は、第10回大阪国際音楽コンクールで入賞を果たされた浅井雅子さんです。 芸短を出ると学生時代とは違い社会の真っ只中に投げ出され、生きていく訳ですが、若い時に抱いた情熱を保ち続け、自分と戦いながら初心を貫くというのはナカナカ出来るようで出来ない事だと思います。 |

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浅井さんへの8つの質問
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| Q1 | その楽器(クラリネット)への思い入れは? |
| 浅井 | 始めたきっかけは小学生のころ父に連れられて日本フィルのコンサートを聴きに行きました。 中学、高校でのブラスバンド部は吹奏楽コンクールで賞をとった事はありませんし。。。。 ブラスバンド部で燃え尽きるという事は無く、楽しいなぁと言う気持ちが続きました。 芸短に入って、大分県立劇場でウィーンフィルの木管五重奏の演奏会を聞き、首席クラリネット奏者の素晴らしい音色に魅せられて「クラリネットやってて良かった」と改めてクラリネットの魅力に感動しました。如何したら綺麗な音色になるのだろう。。。と思い練習していました。 |
| Q2 | 学生の頃の思いでは何かありますか? |
| 浅井 | 高校を出て1年半は就職をしていましたので、その間個人レッスンを受けていました。 |
| Q3 | その後、専攻科に進まれた訳ですが、専攻科生の頃の思いでは? |
| 浅井 | 短大1年生の頃から専攻科に進学したいと思っていましたので、合格して嬉しかったです。 |
| Q4 | その後副手を経て今まで音楽を離れず続けて来られた訳ですが、何か胸に秘めた思いのようなものは有りますか? |
| 浅井 | 学生生活が終わると、試験の為に曲を仕上げると言う事は無くなり、気がつくと何もしないという事になりがちです。 音楽活動をずっとやって行きたいと思っていたので、卒業後何も勉強をする事が無いとは思っていませんでした。 自分の中で、新たな目標を作り練習すると言う事は大切な事だと思いました。 中学のブラスバンド部の友達で、他界した友達がいます。彼女の分までやっていこうと思いました。 福岡に帰った時にプライベートレッスンを受けに行けるようにと、新たにエチュードや曲を練習していました。 |
| Q5 | 武蔵野音楽大学インターナショナル・サマースクール・イン・トウキョウを受講しようと思われたきっかけはありますか? |
| 浅井 | 夏は色々なサマースクールがあるからそう言う所を受けてみるのも良いと思うと、音楽科の先生から聞きました。 |
| Q6 | 大阪国際音楽コンクール前にしたこと、又はその後の考えや生活の違いなどございますか? |
| 浅井 | 大阪国際音楽コンクールは、予選、地区本選、ファイナル、と全て違う作曲家の曲でした。地区本選の場所の関係でコンクールの期間だけで5ヶ月はあったと思います。その間、音楽のためにとにかく練習しました。 |
| Q7 | ここまで浅井様の原動力となったものは何なのでしょうか? |
| 浅井 | 音楽教室で講師をしていますが、生徒さんたちの為に勉強していきたいと言う気持ちだと思います。 |
| Q8 | 後輩や先生、又は学校へメッセージや要望が有れば是非お願いします。 |
| 浅井 | 私は福岡県太宰府市に帰ってから、芸短の卒業生に会う事が無く、東京の音大を出られた方々のパワーにおされ気味でした。 |
大阪国際音楽コンクールサイト http://osakaimc.com/
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平成6年大分県立芸術文化短期大学卒
専攻科修了
音楽科副手
武蔵野音楽大学インターナショナル・サマースクール・イン・トウキョウで
カールマンベルケシュ氏のレッスンを受ける。
第10回大阪国際音楽コンクール入選
水崎徹、高橋郁子、タラス・デムチシンの各氏に師事 |